ロジスティクス研究部
当研究部では、物流業界を様々な観点から研究し、業界の発展とサービス向上のヒントを発信していきます。
2021.05
本連載ロジスティクス研究部では「物流とDX」をテーマに、物流業界における*DX事例を特集している。第十一回目となる今回は、経済産業省の「DXレポート2」を基に、2025年の崖とコロナ禍のDX推進、そして企業が取り組むべきアクションについて深堀していく。
*DX(Digital transformation=デジタルトランスフォーメーション)
データやデジタル技術を活用した業務やビジネスモデルの改革のこと。多くの物流企業では現在、作業の効率化やコストの削減、他社との差別化を図るため様々な取り組みを実施している。
参考レポート「DXレポート2中間取りまとめ」
https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-2.pdf
まずは「2025年の崖」の意味について触れておきたい。これは、経済産業省が2018年に発表した「DXレポート」の中で使用された言葉であり、日本企業の問題点を指摘している。既存のITシステムが時代に合わせて柔軟に変革されなければ、企業の競争力を低下させ経済損失をもたらす問題を唱えている。
このDXレポートによると、多くの企業は将来的な成長や競争力強化のために、新たなデジタル技術を活用して新たなビジネス・モデルを創出・柔軟に改変すること(=DX)が重要と理解している。しかしながらその大半の企業が、DXに関する具体的な施策を考案・実施できておらず、既存のシステム(=レガシーシステム)に囚われている状況であった。それゆえ2018年のレポートではDX推進の重要性を提示し、このままDX推進が後手にまわると、2025年以降、最大で年間12兆円の経済損失が生じる可能性があることが述べられている。
新型コロナウイルスの影響により、多くの企業では働き方をはじめとし様々な改革が起こった。しかしながら2020年10月に行った経済産業省の調査によると、全体の約9割の企業がDXの本格推進には至っていないという。
引用:DXレポート2 中間取りまとめ p.7 「DX 推進指標自己診断結果」
この要因には前項で述べた「DXレポート」が関係している。2018年のレポートを読んだ一部企業では、DXの導入を「レガシーシステムの刷新」と捉え「現時点で競争優位性が確保できていれば、これ以上のDXは不要」と解釈したようだ。そのためDXの導入に消極的な企業が多く、DX推進に至らなかったという。これに対し経済産業省は「DXレポート2」を2020年に発表し、以下のように補足した。
コロナ禍が事業環境の変化の典型であると考えると、DX の本質とは、単にレガシーなシ
ステムを刷新する、高度化するといったことにとどまるのではなく、事業環境の変化に迅速に適応する能力を身につけること、そしてその中で企業文化(固定観念)を変革(レガシー企業文化からの脱却)することにあると考えられる。
このレポートではDXの本質を「レガシー企業文化からの脱却」と述べている。つまりコロナ禍では、単なるシステムの刷新ではなく「ビジネスモデルの変革」が求めらており、これこそがDX導入の本来の核なのだ。時代が大きく変化している今だからこそ、企業はこの変化に迅速に適応し、時代とともに成長し続けなければならない。
新型コロナウイルスの影響を受け、多くの企業では「働き方のデジタル化」が進みつつあるものの、その一方で消極的な企業も未だ存在している。これについてDXレポート2では「社内の IT インフラや就業に関するルールを迅速に変更し変化に対応できた企業と、対応できなかった企業で DXの進捗に差が開いている」ことを述べた。
「テレワーク」を例に挙げると、この働き方が急増したのは2020年4月以降の緊急事態宣言後である。東京都が行った調査では、2020年3月時点のテレワークの導入率はわずか24%ほどであったが、緊急事態宣言が発令された翌月は導入率が62.7%まで増加した。つまり増加分の38.7%の企業は、1ヶ月という短い期間でテレワークが実施できるような環境(PCの支給・基幹システムの見直し等)を整備したことがわかる。
引用:DXレポート2 中間取りまとめ p.11「コロナ禍を契機にしたテレワーク導入率の大幅増加」(出典)東京都テレワーク「導入率」緊急調査結果(2020 年 5 月)
その一方でテレワークを導入をしなかった企業は、2020年4月時点で3割ほど存在した。この結果は時代の変化に対応しなかった企業の存在を意味しており、これに関してDXレポート2では、以下のように問題提議をした。
今回コロナ禍に迅速かつ柔軟に対応し、デジタル技術を最大限に活用してこの難局を乗
り切った企業と、コロナ禍が収束することを願いつつビジネススタイルの一時的な変更に
とどまり、既存のやり方に固執する企業との差は、今後さらに大きく拡大していく可能性が高い。
人々は新たな価値の重要性に気付き、コロナ禍において新しいサービスを大いに利用し、順応している。そのような人々の動きや社会活動はもはやコロナ禍以前の状態には戻らないことを前提とすれば、人々の固定観念が変化した今こそ企業文化を変革する絶好の機会である。ビジネスにおける価値創出の中心は急速にデジタル空間へ移行しており、今すぐ企業文化を刷新しビジネスを変革できない企業は、デジタル競争の敗者としての道を歩むことになるであろう。
これは「レガシー企業文化」に縛られている企業の成長を危惧し、変わりゆく時代に対応する「柔軟性」が必要であることを述べている。そして重要になるのが「コロナ禍以前の状態に戻らないという前提のもと、ビジネスモデルを再構築しなければならない」という点だ。
新型コロナウイルスをきっかけに世の中の動きはデジタルに移行し、従来よりも利便性の高い社会が出来つつある。つまりコロナ禍が落ち着いたとしても、消費者の価値観は従来に戻ることはないだろう。やはりこの変化に対応し続けるためには、DXの導入におけるビジネスの変革は必須なのである。
社会のデジタル化が急速に進んでいるからこそ、企業側は早急にDX推進のスタートラインに立たなければならない。そのためにも、まずは短期間で実現できる課題を明らかにし、ツール導入等によって解決できる課題には即座に取り組むことが重要だ。その上で、競争優位の獲得という戦略的ゴールに向かって、中長期的にアプローチし続ける必要があるだろう。そこでフェーズごとで企業が行うべきアクションについて簡単に触れておきたい。
– DXの認知(DXにまつわる勉強会)
– DX製品・サービス活用による事業継続(職場環境整備など)
まずは超短期では「コロナ禍の事業継続を通じたDXのファーストステップ」が重要である。事業継続を可能とする対応策として、市販のデジタル化を推進する製品・サービスの導入が欠かせない。この数々の取り組みによって、DXによる組織変革への意識づくりが行われる。
– DX推進体制の整備(社内外のDXチーム編成)
– DX戦略の策定(DXのゴール設定や具体的取り組み)
– DX推進状況の把握(DXプロジェクトの進捗確認)
次に短期間では「本格的なDXを進めるための体制整備とDXの実践」が重要となる。DX推進の組織づくりや目的意識の共有を行い、中長期的な施策に向けた下準備を行う。ここで重要となるのが「体制の整備」だ。「DXレポート2」でも以下のように述べられており、チーム編成はIT知識の高い人材だけでなく、経営層や事業部門のリーダーなど様々な人材で編成した方がよいことがわかる。
デジタルを用いたビジネス変革には、経営層の課題をデータとデジタル技術を活用していかに解決していくかという視点と、デジタルを活用することで可能となるまったく新たなビジネスを模索するという2つの視点がある。前者の視点は経営層や事業部門が、後者の視点についてはデジタル技術に詳しい IT 部門が、互いに業務変革のアイディアを提示し、 仮説検証のプロセスを推進していくことが求められる。
DXへの取組は「既存ビジネスの範疇」ではなく「経営の変革」だからこそ、意思決定を行える経営トップの存在や知識が豊富な部門メンバーが必要不可欠なのである。
– 産業変革のさらなる加速(ベンダー企業とのパートナーシップ構築など)
– デジタルプラットフォームの形成(投資余力循環の確立)
– DX人材の確保(ジョブ型人事制度の拡大など)
中長期では「デジタル企業として”迅速に変わりつづける能力”の獲得」が重要となる。2020年は新型コロナウイルスによって人々の生活が大きく変化したように、時代の流れに合わせて企業もまた柔軟に変化し続けなければならない。そのためには迅速に製品・サービスを市場に提示しつつ、検証し続けるための内製アジャイル開発体制の確立や、DXに関する知識が豊富な人材の確保が重要である。
企業はこれらのアクションを早急に実行し、DXを用いた「デジタル企業」へと成長しなければならない。DXの導入は、社会課題の解決や新たな価値提供はもちろんのこと、対面が避けられる現在において、安心・安全な社会を実現するきっかけとなる。そのためにもまずは企業の現状を把握し、DXに関する勉強や組織づくりから始めることを勧めたい。
9割以上の企業が未着手であったDXの導入は、世界的パンデミックにより目を背けられない状況となった。しかしこれは、ある種のチャンスとも言える。2025年を迎える手前でDXの重要性を再認識し、企業が取るべきアクションがより明確になった。コロナ禍によって生活や働き方が大きく変化している現在だからこそ、各分野の課題に対して適切なDXを導入し、変化し続ける企業が社会を制するのだ。社会に対する関心や感度を高め、日々変化する世の中に素早く対応できる企業が今まさに求められている。
https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-2.pdf
https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201228004/20201228004-1.pdf
田原 政耶
1992年生まれ、東京都出身。
大学卒業後、大手空間ディスプレイ会社にて施行従事者として、様々な空間プロデュース案件に携わる。現在はベトナムへ移り、フリーライターとして活動中。
実績:月刊EMIDASベトナム版 「ベトナムものづくり探訪〜クローズアップ製造業〜」連載